大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成5年(オ)1054号 判決

上告人

社団法人日本労働者信用基金協会

右代表者理事

石川嘉彦

右訴訟代理人弁護士

山本博

荻原富保

被上告人

株式会社コスモビルディング

右代表者代表取締役

伊藤大次郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山本博、同荻原富保の上告理由第一点及び第二点について

建物に対する強制競売の手続において、建物のために借地権が存在することを前提として建物の評価及び最低売却価額の決定がされ、売却が実施されたことが明らかであるにもかかわらず、実際には建物の買受人が代金を納付した時点において借地権が存在しなかった場合、買受人は、そのために建物買受けの目的を達することができず、かつ、債務者が無資力であるときは、民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項の類推適用により、強制競売による建物の売買契約を解除した上、売却代金の配当を受けた債権者に対し、その代金の返還を請求することができるものと解するのが相当である。けだし、建物のために借地権が存在する場合には、建物の買受人はその借地権を建物に従たる権利として当然に取得する関係に立つため、建物に対する強制競売の手続においては、執行官は、債務者の敷地に対する占有の権原の有無、権原の内容の細目等を調査してその結果を現況調査報告書に記載し、評価人は、建物価額の評価に際し、建物自体の価額のほか借地権の価額をも加えた評価額を算出してその過程を評価書に記載し、執行裁判所は、評価人の評価に基づいて最低売却価額を定め、物件明細書を作成した上、現況調査報告書及び評価書の写しを物件明細書の写しと共に執行裁判所に備え置いて一般の閲覧に供しなければならないものとされている。したがって、現況調査報告書に建物のために借地権が存在する旨が記載され、借地権の存在を考慮して建物の評価及び最低売却価額の決定がされ、物件明細書にも借地権の存在が明記されるなど、強制競売の手続における右各関係書類の記載によって、建物のために借地権が存在することを前提として売却が実施されたことが明らかである場合には、建物の買受人が借地権を当然に取得することが予定されているものというべきである。そうすると、実際には買受人が代金を納付した時点において借地権が存在せず、買受人が借地権を取得することができないため、建物買受けの目的を達することができず、かつ、債務者が無資力であるときは、買受人は、民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項の類推適用により、強制競売による建物の売買契約を解除した上、売却代金の配当を受けた債権者に対し、その代金の返還を請求することができるものと解するのが右三者間の公平にかなうからである。

これを本件についてみるに、原審が適法に確定した事実は、次のとおりである。(1) 増田清繁は、東譲との間で第一審判決添付物件目録(二)記載の土地のうち39.57平方メートル(以下「本件土地」という。)につき賃貸借契約(以下、右賃貸借契約を「本件賃貸借契約」といい、増田が右賃貸借契約により取得した本件土地についての借地権を「本件借地権」という。)を締結し、また、宮本直巳との間で本件土地の隣接地である同目録(三)記載の土地のうち25.06平方メートル(以下「本件使用貸借地」という。)につき使用貸借契約を締結し、右両土地上に同目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有していた。(2) 本件建物に対する強制競売の手続における評価人の作成に係る平成元年三月三一日付けの評価書には、本件建物が借地である本件土地と本件使用貸借地上に建築されており、期間の定めのない本件借地権及び使用借権の存在を考慮した上で算出し決定した本件建物の評価額は三六九万円である旨の記載がされている。(3) 執行官の作成に係る平成元年四月一三日付けの現況調査報告書には、本件建物の買受人は本件借地権を当然に承継することができる旨の記載がされている。(4) 執行裁判所の作成に係る物件明細書には、本件建物のために本件土地につき期間の定めのない本件賃貸借契約が存在する旨の記載がされている。(5) 被上告人は、平成元年七月一七日に前記の現況調査報告書、評価書及び物件明細書を閲覧し、かつ、宮本が被上告人に対して本件使用貸借地を改めて賃貸する意向を示していたため、買受け後においても本件建物の敷地利用権として本件土地及び本件使用貸借地の賃借権を得ることができるものと考えて、執行裁判所が前記の評価書に基づいて定めた最低売却価額三六九万円を上回る三七二万一〇〇〇円で入札を行い、同年八月二日に売却許可決定を得た上、同年九月四日に代金を納付して、本件建物の所有権を取得し、同月一三日にその旨の所有権移転登記を受けた。(6) 被上告人が納付した売却代金により、平成元年一〇月六日、上告人に対して一〇四万〇一九五円の配当が実施された。(7) 本件土地の所有者である東は、増田に対し、右売却許可決定に先立つ平成元年七月二七日付けをもって、賃料不払を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。そして、東は、平成二年一月八日、被上告人に対し、本件建物を収去して本件土地の明渡しを求める訴訟を提起し、大阪地方裁判所は、同三年一月二九日、右解除の意思表示が有効であることを前提として、右請求を認容する旨の判決を言い渡した。(8) そこで、被上告人は、増田に対し、平成三年四月二二日、強制競売による本件建物の売買契約を解除する旨の意思表示をした。(9) 増田は、被上告人が右解除の意思表示をした当時、無資力であった。

右の事実関係からすると、本件建物に対する強制競売の手続においては、本件建物のために本件借地権が存在することを前提として本件建物の評価及び最低売却価額の決定がされ、売却が実施されたことが明らかであるにもかかわらず、実際には本件建物の買受人である被上告人が代金を納付した時点において本件借地権が存在しなかったため、被上告人は建物買受けの目的を達することができず、かつ、債務者である増田は無資力であるということができる。そうすると、被上告人は、民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項の類推適用により、強制競売による本件建物の売買契約を解除して、売却代金の配当を受けた上告人に対し、その代金の返還を請求することができるものというべきである。したがって、これと同旨の見解に立って、被上告人の本訴請求を認容すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

同第三点について

原審の適法に確定した事実関係の下において、被上告人は、本件土地の賃貸人である東と借地人である増田との間の本件賃貸借契約が有効に解除された事実を知った時から民法五六六条三項所定の一年の除斥期間内に、増田に対し、強制競売による本件建物の売買契約を解除する旨の意思表示をしたとの原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第四点及び第五点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河合伸一 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官福田博)

上告代理人山本博、同荻原富保の上告理由

上告理由第一点

原判決が本件のごとき「敷地賃借権の登記無き建物の競売の場合」にも競落人の敷地使用権が否定された時は民法五六八条一項、五六六条一項、二項を類推すべきであるとした点において、法令解釈の誤った違法がある。

原判決は、競落人の敷地使用権が否定された時は民法五六八条一項、五六六条一項、二項を類推すべきであるとし、その論拠して「契約の解除によっても債権者の債権自体は残存し、債務者の責任財産も競売のなされる以前の状態に戻る」からとされている。

ところで、不動産についての強制執行の方法としては、強制競売と担保権の実行としての競売等が考えられる。仮に原判決の様に民法五六八条一項、五六六条一項、二項を類推すべきであるとし、競落人の敷地使用権が否定されたため、競落人が債務者に対し、売買契約解除したとしても、その不動産が無価値であるとは、建物の競売が敷地利用権を前提としない以上、言い難い。そして、競落人が敷地使用権がないことに気付くのは配当が実施された後であるのが通常である。少なくとも本件の場合はこれに相当する。このような場合についての容易に想定できる不合理がある。

第一に、強制競売の場合、配当が実施されてしまった時、請求があれば裁判所書記官はその全額について配当等を受けた時は債務者に、執行債権の一部しか取り立てていないのであれば執行正本にその旨を奥書して債権者に交付することになる。即ち原判決の議論は、実体上債権が残存するものであるというに止まり、手続法上はいったん配当されてしまうと解除後であれば、原判決のいうように、本来債権者は債権全額について強制執行でき得るはずであるのに、その全部または一部が実際には執行できなくなってしまうと言う不合理な結果になってしまう。結局、手続法との関係で、債権者は実質的に債権を放棄せざるを得ない結果となる。

第二に、強制競売または担保権の実行による競売の場合、競落人の代金納付後は当該不動産上の抵当権等は抹消されてしまう。そうすると、配当を受けた抵当権者の代金返還義務と競落人の抵当権等の登記の回復義務とは同時履行の関係に立たなければならないはずであるが、左様な強制執行の方法もない。少なくとも、配当を受けられなかった後順位抵当権者・仮差押債権者等の、その後の代金返還訴訟等の当事者にもならず、従って、事後の手続に参加する機会もない者は手続の埒外に置かれたまま泣き寝入りを強いられる結果となることは明らかである。しかし、そうした後順位抵当権者等もその後の不動産価値の変動、先順位抵当権者に対する弁済等を理由とする債権額の縮小等で、右代金返還訴訟等の当事者として、抵当権等の回復を主張する機会があり、抵当権等を回復できれば、配当を得ることは充分ありうる。

即ち、民法五六六条二項は、このような結果を招来してもなお競落人を保護すべき例外を規定したものと解する他ない一種の法定責任であるので、その解釈は厳格にすべきであり、本件のように登記なき賃借権の場合には、その条文を離れて、安易に類推適用されるべきでない。

結局、原判決のように民法五六八条一項、五六六条一項、二項を類推適用するという考え方そのものが法令解釈を誤っているといわざるを得ない。

上告理由第二点

仮に本件の如く登記なき賃借権について、民法五六八条二項、五六六条二項が類推適用される場合があるとしても、公平や合理性の見地から、敷地利用権が存在するとして競売が行われたことが明白な場合に限るべきであって、本件の場合は、建物を全体として見ると敷地利用権が存在することが明白とは言えず、類推適用は否定されるべきものであることについて

一 被上告人は、本件建物の競売以前に競売記録を精査したことを自認している。ところで、競売記録によれば、被上告人が本件建物64.63平方メートル中25.06平方メートル(約三九パーセント)は、隣地にかかっていて、使用借権に基づく権利に過ぎず(甲第三号証一頁)、従って執行官の意見も、この部分に関する限り競落しても使用できないというものであった(甲第四号証六頁)。

そして、隣地所有者が仮にその権利を主張した場合、本件建物の内右三九パーセント部分が斜めに切り落とされる形状となり、明らかに本件建物は経済的にも構造的にもその効用を失い(甲第三号証一七頁の図面、甲第四号証一三頁の図面)、被上告人が意図していたという他に賃貸も転売も不能となる物件であることは明らかである。そして、このことは競売を多く手掛けでいる被上告人会社担当者が競売記録を精査した際容易に判っていたのである。

二 さらに、被上告人会社取締役金本の証言の趣旨とするところは、競売記録を精査した際も、使用借権に基づく部分の存することを知っていたものの、競落後、底地所有者と個別に話し合いですべてを解決できると考えており、現に被上告人が数多く手掛けた借地上の建物の競落物件は本件建物を除き全てそうなっていたということもあって、賃料が支払われているかとか使用借権に基づく部分の底地所有者から何らかの権限を取得できるか等に関し、底地所有者に直接尋ねるなどの調査をしなかったというものである。

言い換えれば、本件においては結果として底地所有者いずれもが被上告人会社との話し合いに応じなかったので、権利の瑕疵があったと称して本訴請求をしているというに過ぎず、競落によって底地所有者に対抗できる権利を有することになるか否かについては、競落前においてはどうでも良かったのである。

三 建物の競売に関する限り、仮に競落人において借地部分に正当な権限が取得できるものと信じることに過失がなかったとしても、本件の場合のように建物敷地部分の一部に使用借部分が存する場合など当該建物を全体的に考察した場合、建物全体が使用不能となり得ることが競売記録上明らかであれば、競落人は建物全体が使用不能となる危険を覚悟した建物の利用価値(権利の瑕疵の存すること)に着目して競落価格を定めたものと解すべきで、本件の場合で言えば、使用借部分について例えば新たに賃借するとかの権限を取得できたこと等特段の立証のない限り、権利の瑕疵が存することを知悉して競落したものと解するべきである。

これらからして、被上告人が本件建物を競落した際、建物の全体を考察して見ると敷地利用権が存在するとして競売が行われたことが明白な場合とは言い難く、原判決は民法五六八条二項及び五六六条二項の解釈を誤った違法がある。

上告理由第三点

原判決は、民法五六四条の「事実を知りたる時」の解釈を誤った違法又は理由不備の違法がある。

原判決は、除斥期間の起算点について、解除の有効性についての一審判決がなされた時点とすると解するが、何故一審判決時なのかも明らかでない。

すなわち、解除の有効性に関する訴訟の当事者は、通常建物収去土地明渡請求の訴訟となるから、土地所有者と競落人であり、債権者は当事者にはならない。そして、競落人が契約の解除を何時するか、契約解除後解除した者が何時明渡し訴訟を提起するか、本訴が係属しているのか、あるいはその一審判決が何時なされるのかと言った事は債権者にとっては不明である。即ち、結局配当を受けた債権者には除斥期間が何時開始されるか全く不明のまま、長期間不安定な地位におかれることになる。一方、競落人は、敷地所有者を相手方とする競落後の借地非訟手続によって、容易に債務者の土地使用契約が解除されたことの事実を知ることができるし、解除の事実を知れば、敷地所有者に対し、賃借権等の確認訴訟等を提起しうることはもちろん、売主たる債務者に対し、売買契約を解除をし、債権者に配当金の返還を請求することもできる。

本件においても、競落人たる被上告人は、敷地所有者からの建物収去土地明渡請求訴訟の被告となったことで、一六月もの賃料不払いによる契約解除の事実を容易に知ったのであり、勝訴の可能性も判断できたはずである。強いて言い得るとすれば、事案に鑑み裁判所による和解の道があっただけであろう。又、一般論としては、民事訴訟法が弁護士強制主義をとらない以上、本人訴訟によって、充分な主張が競落人側からなされないことも考えられる。

以上のように、被上告人は容易に敷地使用契約の解除の事実を知り得る立場にあり、他方、配当を受けた債権者は、そうした事実を知り得る立場にない。債権者を長期間不安定な立場におくことは競売の信頼性を損なう何者でもないのである。したがって、遅くとも「事実を知りたる時」とは敷地使用契約の解除の有効性に関する訴状が競落人に送達された時と解するのが相当である。

上告理由第四点

原判決は「債務者の無資力」をいう点について理由不備又は理由齟齬の違法がある。

建物の競売は、必ずしも敷地使用権の存在を前提として行われるものではないから、仮に競落人の敷地使用権が否定されたところで突如として建物の価値が皆無になるという性質のものではない。現に、本件においても、一審における増田の証言及び現に本件建物に対して収去の執行がなされていないことから見て、本件土地所有者は被上告人には土地を貸したくないが、債務者であれば居住を継続しても良いと考えていることが窺われる。そうすると解除後の建物の価値が無価値であるとは言い難い。即ち、原判決は、債務者の無資力を認定するに当たって、本件建物の現在の評価を無視している。

これに加え、原判決は債務者の所有不動産として本件建物の他に居宅(評価額七七七万円)を認定し、結論において債務者は無資力であるとしている。

しかし、仮に債務者が、一二〇〇万円の負債を負っているとしても、七七七万円以上の資産を有しているのであるから無資力であるとは言えない。この点において理由不備ないしは齟齬がある。

少なくとも、これら資産を評価し、配当し得る金額を被上告人の請求金額から控除すべきものである。そうしない限り理由不備ないし齟齬の違法を犯しているといわざるを得ない。

上告理由第五点

現判決は民法五六八条二項の「債務者が無資力なる時」の解釈を誤った違法がある。

同項が、債務者の無資力を要件としたのは、裁判所が債務者の現有資産をすべて評価し、債務者の資産から配当し得る金額を算出し、債権者に強制競売手続で配当した金額との差額について、債権者に返還させるなどと言う事は執行裁判所以上の負担を強いる事になるし、現実的ではない。そこで、かかる事態を防ぐ目的で民法は債務者の無資力を要件としたのである。このような制度趣旨から、無資力は客観的な無資力でなければならない。即ち、被上告人は債務者に対し、強制執行をし取り立て不能なる事を証明すべきである。少なくとも、原判決が債務者の所有不動産として、本件建物の他に居宅(評価額七七七万円)を認定している以上、その強制競売を申立てて配当を受けて残額について代金の返還を請求すべきで、債務者が無資力などとは到底いえない。ちなみに、本件についていえば、被上告人は債務者増田に対する債務名義すら有していないことが窺えるのである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例